2008年07月31日
絆の結びなおし。
カウンセラー・澤谷 鑛(サワタニ コウ)さんの本


『絆の法則
』を読み、
すぐに
『すべての「結果」は引き寄せられている―運命を決める「牽引の法則」
』を
買い求めました。
読んだあとで心に浮かんだこと。
いまの私に大きな悩みはないのだけど
どうしてもスッキリ解決しきれないことが1つある、長女のことだ。
長女へキツク言い過ぎてしまうのだ。
度を越してキツク当たることもしょっちゅうだと思っている、
ほんとうに情けない母親なのだ。
長女に接していると、
夫の両親に何度もくり返された、あの冗談(私にとっては最悪の)を
嫌になるくらい思い出される。
私のなかで夫の両親へ「許し」という気持ちへ変われば
きっと実生活にも変化が出ることは分かる。
のだが、
どうしても・・・許せない。
妻・嫁・母親になったばかりで、意気込んでいた私を粉々にした言葉だったからだ。
5,6年前にはノイローゼ気味になり、家庭不和で崩壊しそうになったりもした。
人の存在を否定する言葉は
たとえ冗談でも言ってはいけない。
(だから、私はウザイという言葉が嫌い。うざったい、より愛がない気がするから)
しかし、そんなふうに考えている私も
長女へ言葉で傷をつけている。
1度言ってしまったことで、取り返しがつかないと思っている。
もう戻れない、と思うし
戻せるわけがないじゃない・・・と自暴自棄になりそうになる。
そしてまた、キツイ言葉を使ってしまう。
本を読んだ直後、心のデトックスを試してみた。
忘れようとしていた義両親への憎しみ、に似た強い感情が
どんどん溢れてどうしようもない。
許したつもりで蓋をしていた、怒りの感情が出てきた。
両親へ感謝の気持ちは薄れていく。
次のワークの「相手の気持ちに立つ」ということが出来ない。
なんて、ヒドイ奴だ・・・としか思えない。
私なら絶対にしないのに、としか結論が出ない。
相手の気持ちに立つことが出来ないまま、ワークは中断した。
それでここ最近の私の長女への気持ちは不安定だった。
逃げてばかりじゃいられないので
もう1度本を読み直した。
私のワークがうまくいっているのか自己判断では
どうにも自信はないのだけど。
昨夜ようやくたどり着いた答えは
私が長女へ対してのイラ立ちや思いやりは
・私の母が子どもの頃の私へ対しての想い
・義両親の祖母(亡くなった、義父方の母親)への想い
・祖母を前にした、義父が義母へ持つ想い
と酷似している、と気付いた。
長女はみんなの想念を伝え、抜くために存在し
私はみんなの想念を体感、伝えるために存在しているかのように思えた。
そして最後に気づいたこと。
私と義父の幼少時代に抱えた気持ち(母への想い)は
まったく同じだということ。
そこまで気持ち(見方)の変化が出てきて、
長女には、「もう十分受け止めてくれたよ・・・ゴメン」
と気持ちが和らいできたのが分かった。
義両親は、私をとおして(意識的ではないにしても)
今まで表に出せなかった不満を吐き出していたのかもしれない。
そして、私がそれを受け止める側に立つことになったのは
ずっと母親の愛情を求め続けていたからだろう。
妊娠・出産をとおして
母親の愛情を求めていた自分の存在を知った。
同じ想いを抱えたことがある義父の想念を引き寄せたのだろう。
心の整理がついてきて。義両親への感謝の想いも再び出てきた。
ひどくキツかったという祖母(義父の母)の義母への態度。
同じ行動をくり返し、義母が私に当たらないことは何よりすごいと思う。
義母はやはり優しいのだ。
義父の長男(きょうだいの中でも長子)の気持ちが
痛いくらいに分かる。
親を求め慕う気持ちと支える気持ちと逃げたい気持ち、が。
義父は結婚前に倒れた私の父の体調と私を
よく気遣ってくれていた。
ランディ・パウシュ氏の「最後の授業9」の
人の1番良いところを探すこと
誰でもいつか必ず長所を見せてくれます。
何年かかっても待つことです。
悪いところだらけの人間は1人もいません。
を思い出した。
たぶん、もう大丈夫な気がする。


『絆の法則
すぐに
『すべての「結果」は引き寄せられている―運命を決める「牽引の法則」
買い求めました。
読んだあとで心に浮かんだこと。
いまの私に大きな悩みはないのだけど
どうしてもスッキリ解決しきれないことが1つある、長女のことだ。
長女へキツク言い過ぎてしまうのだ。
度を越してキツク当たることもしょっちゅうだと思っている、
ほんとうに情けない母親なのだ。
長女に接していると、
夫の両親に何度もくり返された、あの冗談(私にとっては最悪の)を
嫌になるくらい思い出される。
私のなかで夫の両親へ「許し」という気持ちへ変われば
きっと実生活にも変化が出ることは分かる。
のだが、
どうしても・・・許せない。
妻・嫁・母親になったばかりで、意気込んでいた私を粉々にした言葉だったからだ。
5,6年前にはノイローゼ気味になり、家庭不和で崩壊しそうになったりもした。
人の存在を否定する言葉は
たとえ冗談でも言ってはいけない。
(だから、私はウザイという言葉が嫌い。うざったい、より愛がない気がするから)
しかし、そんなふうに考えている私も
長女へ言葉で傷をつけている。
1度言ってしまったことで、取り返しがつかないと思っている。
もう戻れない、と思うし
戻せるわけがないじゃない・・・と自暴自棄になりそうになる。
そしてまた、キツイ言葉を使ってしまう。
本を読んだ直後、心のデトックスを試してみた。
忘れようとしていた義両親への憎しみ、に似た強い感情が
どんどん溢れてどうしようもない。
許したつもりで蓋をしていた、怒りの感情が出てきた。
両親へ感謝の気持ちは薄れていく。
次のワークの「相手の気持ちに立つ」ということが出来ない。
なんて、ヒドイ奴だ・・・としか思えない。
私なら絶対にしないのに、としか結論が出ない。
相手の気持ちに立つことが出来ないまま、ワークは中断した。
それでここ最近の私の長女への気持ちは不安定だった。
逃げてばかりじゃいられないので
もう1度本を読み直した。
私のワークがうまくいっているのか自己判断では
どうにも自信はないのだけど。
昨夜ようやくたどり着いた答えは
私が長女へ対してのイラ立ちや思いやりは
・私の母が子どもの頃の私へ対しての想い
・義両親の祖母(亡くなった、義父方の母親)への想い
・祖母を前にした、義父が義母へ持つ想い
と酷似している、と気付いた。
長女はみんなの想念を伝え、抜くために存在し
私はみんなの想念を体感、伝えるために存在しているかのように思えた。
そして最後に気づいたこと。
私と義父の幼少時代に抱えた気持ち(母への想い)は
まったく同じだということ。
そこまで気持ち(見方)の変化が出てきて、
長女には、「もう十分受け止めてくれたよ・・・ゴメン」
と気持ちが和らいできたのが分かった。
義両親は、私をとおして(意識的ではないにしても)
今まで表に出せなかった不満を吐き出していたのかもしれない。
そして、私がそれを受け止める側に立つことになったのは
ずっと母親の愛情を求め続けていたからだろう。
妊娠・出産をとおして
母親の愛情を求めていた自分の存在を知った。
同じ想いを抱えたことがある義父の想念を引き寄せたのだろう。
心の整理がついてきて。義両親への感謝の想いも再び出てきた。
ひどくキツかったという祖母(義父の母)の義母への態度。
同じ行動をくり返し、義母が私に当たらないことは何よりすごいと思う。
義母はやはり優しいのだ。
義父の長男(きょうだいの中でも長子)の気持ちが
痛いくらいに分かる。
親を求め慕う気持ちと支える気持ちと逃げたい気持ち、が。
義父は結婚前に倒れた私の父の体調と私を
よく気遣ってくれていた。
ランディ・パウシュ氏の「最後の授業9」の
人の1番良いところを探すこと
誰でもいつか必ず長所を見せてくれます。
何年かかっても待つことです。
悪いところだらけの人間は1人もいません。
を思い出した。
たぶん、もう大丈夫な気がする。
Posted by けいちゅん at 09:40│Comments(7)
│*コドモノコト
この記事へのコメント
|
けいちゅん、誰もが手さぐりで子どもと接していく中「これが正解」って明確な答えはなく、また「こうしたから取り返したがつかない」こともないと私は思います。 自分も成長すれば相手も成長する。 ときが解決することもあれば、考え方感じ方が変化することもある。 実は…義父が亡くなりました。 色々苦しいこともあったし旦那や親族に対しての失望や悔しさは消せないけど、最期まで付き合ってみて…後悔はせずにすみました。 まだうまく言葉にならなくて…なにが伝えたいのかまとまらないんだけど… とにかくけいちゅんならだいじょうぶ!自分と子どもたちの愛の力を信じてあげてね☆ |
Posted by SHIGE at 2008年08月01日 09:32
|
*SHIGEさんへ お義父さまのご冥福をお祈り致します。 SHIGEさん、ブログに遊びに来てくださってありがとう。 SHIGEさんのブログも拝見しました。 お姑さんの言葉、心にズシンと響きます。 私はこの記事を書き上げたことで 義父&義母への気持ちが変わっていくのが分かります。 単純すぎる・・・と思われてもしょうがないのですが 感謝の気持ちも少しずつ戻ってきています。 長女へ柔らかい眼差しで見つめられる時間が 増えてきました。 (すると、子どもに変化が。子どもはもっとスピーディですね) SHIGEさんの言われるように >また「こうしたから取り返したがつかない」こともないと私は思います。 それを信じられる気持ちも戻ってきました。 お姑さんの言葉が私にも響いたのは SHIGEさん、良かったね。。。という気持ちと 表にあらわれる言葉だけじゃ 人の心をはかることが出来ないんだなぁ・・・と思ったからです。 義父も何でもハッキリ口に出す、嫌なことは嫌だと言う こうと決めたら曲げない主義の人で。 それがだいぶ分かっていた頃だったから 私への言葉も 「そんなに私が信じられないかい? 私はデキナイ奴って思ってるんだろうなぁ」 と落ち込むモトになっていました。 私は思ったことしか口に出さないトコロがあるので 相手の心に気付かないことも多いのですね。 それに、みんながみんな 心から思っていることだけを上手に日本語を使い 喋っているとは・・・言えませんよね。 SHIGEさんとダンナさんのご親族の方には たくさんの違いがあったのは ブログで拝見できる範囲でしか理解出来ていない私ですが。 お姑さんの言葉に 人の心ははかることが出来ないんだなぁ・・・と 今さらながらの当たり前のことを思い出しました。 アリガトウゴザイマシタ。 |
Posted by けいちゅん
at 2008年08月01日 12:38
at 2008年08月01日 12:38|
*SHIGEさんへ(追記) 何だか分かりづらい文章(↑)になっていますね・・・(汗) ゴメンナサイっ!! |
Posted by けいちゅん
at 2008年08月01日 12:40
at 2008年08月01日 12:40|
とんでもない! ありがとう(*^_^*) けいちゅんの真摯な言葉がね… 家族に対しての芯の強い、それでいて自分らしい心地良さで包み込むような柔らかさが、私はとても好きです☆ |
Posted by SHIGE at 2008年08月01日 19:33
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*SHIGEさんへ ありがとうございます。 そんな言ってもらえてすごく嬉しいです。 私も自分から逃げない、嘘つけない まっすぐなSHIGEさんが大好きですよ~。 |
Posted by けいちゅん
at 2008年08月02日 09:51
at 2008年08月02日 09:51|
こんにちは。 澤谷 鑛 です。 大変すばらしいご文章ですね。拙著をお読みいただきありがとうございます。心より感謝いたします。 このご文章を私の二つのブログとミクシィの方に22日に転載させていただいてよろしいでしょうか? 多くの方々の学びになり、ご参考になろうかと思います。どうぞよろしくお願いします。 http://kizuna.personslink.com/ |
Posted by 澤谷 鑛 at 2008年08月14日 08:52
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澤谷さん。 初めまして、こんばんは。 ブログの記事を読んで頂き、またメッセージまで頂き 本当にありがとうございます。 カウンセリングも講習会も受けたことのない私が 自己流で試してみた結びなおしのワークでした。 なぜ、澤谷さんが私のブログに・・・? という驚きと 文章まで褒めていただき、嬉しさでいっぱいです。 ミクシィはやっていませんので拝見することは出来ませんが 澤谷さんのお2つのブログとともに転載していただいて構いません。 どうぞ宜しくお願い致します。 本当はメールでお伝えしたかったのですが アドレスが分かりませんので、こちらで。 内容に変化が出ない範囲で ほんの少しだけ加筆修正させていただきました。 これでも大丈夫でしたらお使いください。 本当にありがとうございました。 |
Posted by けいちゅん
at 2008年08月15日 01:09
at 2008年08月15日 01:09

