2008年06月15日

一瞬のこと。

年上の素敵なお友達がいます。

その方へ向けてメールのお返事を書こうと
ゆっくり時間をとって向き合いました。

なぜなら その方のメッセージが真っ直ぐに届いたから。
私も真っ直ぐに応えたいと考えたから。

その方へ向けたメールの中で
こんな文章を書きました。(以下一部だけ紹介、少し編集して載せます)

>まずは、目の前に愛が溢れていることを実感すること。
>(夫に、そして子ども達に、大切な人に、愛されていることの実感)

>その人たちへ恥ずかしがらずに愛を伝えられるようになること。

>それから、夢を持ったり、その人の生き方がついてくると考えています。

>夢を描き、がむしゃらに走り、家の中には
>さらに孤独の風が吹き込むことだってあるのです。基盤がないから。

愛とは決して
愛してる、好きだよ、だけの愛ではないです。

私の中では相手への思いやり、感謝という意味が込めてあります。
13日の記事にも書いていますが

>以前TVから聞こえてきた言葉。
>「平和を唱える人ほど家庭は平和じゃない(笑)」

コレは私のなかで大きな指針なのかも、と
ふと思いました。

違和感を一瞬でも感じれば、やはり、ソコに居座り続けることは
無理になりました。

やりがい、とか
チャレンジ精神、とか
そんなもの放っておいて、辞めてきました。

やめる当初、分かっていなかった自分の気持ちが
冷静になり、どんどん見えてきて。面白い。

直感は信じて良かったのだ。

やりがいあるべきことには苦しさを伴う、と
勘違いしすぎてはいけないのです。

目標のために辛抱するのと、息苦しさを混同しなくても良かったのです。


家族を思いやる、そんなの誰だって良いことだと知っています。
でも行動に表すのが難しい。
一緒に暮らすがゆえの照れくささもあるだろうし
近くにいるから言わなくても分かるだろう、とないがしろにする。

近くにいるだけではダメなんです。

いま、どう生きるべきか? など
いろ~~んな方々が素晴らしい頭脳を使って語っています。

語らずも家に帰り、今日もありがとうと
伝えるだけでいいんです。

もう大きなことは言わなくてもいい。

生き方、とか
ライフスタイル、とか
老後とか年金とか少子化とか 難しく考えないで。

ありがとうと伝える。受け取る。聞き入れる。許す。

愛と幸せを掴んだと思うのは一瞬だけ。
だからこそ、たくさん伝えて出してもらっていけばいいの。

私はカウンセラーでもないし、セラピストでも
何かの先生でもないけれど
これだけは分かる。

そして、これだけで十分なのだと力強く言う。
たぶん、これからも。
いろんな表現を使って。






私と弟が幼稚園の頃につかっていたお弁当箱を
長女がまいにち使っています。


Posted by けいちゅん at 12:20│Comments(0)*つぶやき