2008年03月01日

掛け合わせる。

吸い込む、吸い込む。

いろんなひとの思い(文字)や
ことば(声)や
人から人へつたわる思いをうけている。

どんどん入ってくるのだ。

しかも、ほしいと思うことばかり。


すこし前まで、TVや雑誌で繰り広げられる
危機感をあおるような
大量の情報がこわかった。いやだった。逃げたかった。

だけど、いまはうまく付き合えている。

適度にスルーできている。

近頃は、それを越えたような感じ。

知りたかったこと、欲しい情報が
(知りたい、欲しい! って自分が望んでいることに気づいていなくても
あとあと、わぁー、知ってよかったぁって思えるようなコトとかも含まれる)

どんどん向こうから飛び込んでくるように、目の前にあらわれる。

そして、さらりと泣いたり笑ったりして過ぎていく。


人生で目の前に起こることすべて
じぶんにとって意味があること、ととらえるのは
傲慢なんじゃないか? って思っていた時期もあった。

今はおもう。

傲慢とかそんなこと言っている場合じゃなくって
楽しんだらいいんだよって。

楽しんでいたら
やっぱり目の前に起こることってすべて意味があるかもなぁーって
元に戻ってかんがえていた。


でも
開き直り、居直りはしないように気をつけないとな。


先週の休日
お店で買い物していたら、母と同じくらいの年齢の女性が倒れたの。
そこに居合わせた私たち夫婦と数人のひと。

お嫁さんとおぼしきひとが
慌てて「おかーさん、おかーさん!!」って声を掛け
「おとーさんよんできて!!」と小学低学年くらいの娘さんに言っている。

わたしたちが出来ることといったら
おとーさんを呼んできてあげること、くらいだった。
(救急車はもうお店のひとが呼んでいた)

なにもできないなぁ、と思った。

なにもできないけれど、できることをやればいいのかな、とも思った。

野次馬のひともいた。

おろおろしているばかりのひともいた。

それよりお会計を済ませてよ、とつぶやくひともいた。

同じ日に同じ時間に同じ場所に居合わせる、ということは
もう、それだけで
意味があるような気さえしてきた。

倒れた女性は、救急隊員のひとの質問に答えていく。
すこし安心して
その場を離れた。


8年前に父がくも膜下出血で倒れた日を想像したから
ホントはすごく怖かった。
父はそのとき1人だった(と聞いている)。


そのひとに意味あることは
誰かの姿かたちを借りて、神様みたいな大きな存在が
知らせてくれるんだって。いつか聞いた。

だから、素直でいたほうがいいんだって。

ありのままを受け入れていけば
じぶんがつぶれそうな錯覚もなかったわけじゃないけど
やっぱり、目の前のことは
そのままに受け入れようとおもう。


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この記事へのコメント
こんにちは。
すごいいっぱい考えて、
なんか、、、ステキな結論にたどりついたのかなぁ~って羨ましいな。
ピュアでキラキラ輝いているkeichunちゃんが目に浮かびマス

適度にスルーできるよぉになって、、、

この言葉・・・ドキッ
アタシはスルーが多い。
気になってたけど気づかないふりをしてた。。
してはいけない所までスルーしてたりするんだ。
今までこぉやって楽をしてきた分、
これからは言葉、出来事、出会いの「意味」を考えながら過ごさなきゃって
教えてもらったな。


ありがとぉ(。→∀←。)   うさうさより。
Posted by はぢめさんはぢめさん at 2008年03月03日 22:00
*うさうさ さんへ*


コメント嬉しいです。
どうもアリガトウございます^^


うさうささんが
心に、何かが引っかかったり気づいたりしたら
「意味」を考えなきゃ・・・・って
思っていはじめていた。


それだけで、もう

適度にスルーって言葉にドキッと引っかかったんですね^^


わたしはいつも考えてばっかりで
行動があとまわしになってばっかりだったので
えこはじめさんの活動は
本当に刺激的☆なんです♪


これからたっくさん吸収して、動いて
またまた刺激を振りまいてくださいー。
Posted by keichunkeichun at 2008年03月04日 09:01