2007年07月11日

vol.3 書きコトバ話すコトバ

最近わたしはコトバのことをもっとよく考える。

コトバはわたしを伝えてくれるけれど、
生のコトバ(口から発せられる、誰かとの会話)には負けるよ。

誰かと会話を交わすことは、
会話する相手といろんな想いが相乗効果となって
どこまでも広がり、その会話は素晴らしいものをわたしにくれる。

だけど、1人に戻ってその会話を思い出そうとしても
コトバが鮮明に戻ってこない。

覚えているのは、その時間がきらきらと鮮やかだったということ。

思い出せなくって、くやしくって
必ず「さっきの会話を録音しておきたいくらいだよっ!!」と嘆く。

コトバの1字1句は忘れてしまっても、その時のきらきらは
いつまでもわたしのなかで生き続けてくれる。


生のコトバもまた、書くコトバほどに伝えられないのかもしれない。
(・・・って、わたしの記憶力だけの問題なのかもしれないのケレド)

わたしは書くことも話すことも大好きだ。

聞くことも下手かもしれないけれど、大好きだ。
伝えることは難しいから、たくさん書いて話して、耳を傾けたい。


お母さんになって、ずいぶん1人の時間を大切にしてきたものだ。
お世話役が好きだから、と仲間内で企画部長だったわたしは6年ほど封印している。

人付き合いに悩み
人と会うのが(出会うのが)億劫で、娘と2人きりで過ごした。

そんな時間がいまのわたしを作ってくれた。

けれど、前に歩いていくためにはもうこのままではいられないね。

これからは触れ合わなくっちゃ。
新しい出会いに不安がないわけじゃないけれど、
それでも出会うことはきっと素晴らしいことだ。