2008年05月15日
vol.78 出会いをもたらす新聞

今年の3月まで「ちいさなたんす」というタイトルで
イラストエッセイを書かせていただいていたLIVELIFE(http://www.30ans.com/livelife/index.html)という新聞。
4月から『お母さん業界新聞』となり、創刊されました。
この新聞はフリーペーパー(無料)で、全国区そして海外へ
配布されています。
子育て情報紙、と大きく言うにはもったいないほど
子育てに関する情報が詰まっています。
キーワードは
老若男女響学・百人母力。
子育て現役のおかあさん、から
子育てひと段落おかあさん。
子育てを見守るひとに手に取っていただきたいフリーペーパーです。
創刊号は言わば、誕生号。
記念、でもあり
新しい門出ですよね。
お祝いにお手伝い、で配布のお手伝いをしています。
情報を渡したい
誰かのなにかの繋がりになってほしい
と思えば
出会いが増えてきた春でした。
子育ての情報はたくさん溢れていて
どこを選択するかはその人次第だし
心に引っかかるモノを大切に掴まえていけばいいのだと思います。
でも、そのためには
情報も拾ってみなくちゃね^^
読んでみたい方、お店や場作りをされている方で
「ウチに置いてもいいよ~」と言って下さる方がいらっしゃったら
ゼヒご連絡ください!
keichun.3108@ドコモ~まで、お願いします。
手元に残っている分をお譲りします^^
blog『おかあさんはスタイリスト』http://www.okaasan.net/index.php?blogid=63
2008年02月26日
vol.75 フリペ製作
うーん、うーん。
どんなものが良いのか
果たして気に入ってもらえるのかどうか
はたまた、どのくらい作り続けられるのか
悩みや迷いは尽きない。
尽きないのだけど、
作ってみたかったんだ、フリーペーパー。個人の。
そう、
個人的な内容で、わたし個人が楽しんで勝手に作って
だれか読んでください、と
押し付けがましく渡しちゃう、フリーペーパー。個人的な冊子、新聞。
まぁ、そんなところです。
世の中のなんの役にも立たないと思われるヨミモノだけど
どうしても、作りたかったし
憧れ続けているじぶんにウソはつけないや。
さてさて。
プリンターも、スキャナもないので
コンビニコピーに頼ります。
だけど、あったかみが欲しいところなので
勝手にいろいろやってみようと思っています。
手間がかかってもいいのです。
私のなかのわたしが
それを楽しんでいるようだし、楽しんでくれることを選べば
きっとこれから先も しあわせだーって思える日が増えそうだから。
それに、今年に入って気になるひと、本、言葉からは
“他の人にとってみたら、くだらなかったり面倒くさいことだったりすることを
やりたいならやってみてもいいんだよ。
心から楽しんでやり続けていたり。
それをやり続けることはぜーんぜん変なことじゃないんだよ”
みたいなメッセージが
どんどん入ってきていたんです。
器用じゃないけれど、苦にならない作業をやっていきます。もっともっと。
それから、無駄な手間をかけて
100均に行けば、すぐ手に入りそうなものでも
好きなら針をうごかし作ってみようと思います。家にある材料をつかって。
アジアン雑貨屋さんなどに置いてある
刺し子(ちょっと乱雑な)のポーチとか、そんな役に立ちそな
なくても暮らしていけるよなモノを作りたい。
フリーペーパー。も少しで出来上がります。
第1号は、何部つくることが出来るかなあ?
2008年01月29日
vol.69 日々じぶんが楽しめることをやる。

いま読んでいる本で
いろいろ後押しをもらっています。
高校生の頃。
父に「好きなことして生きて生きたいんだ」とぶつけたら
なぐられそうな勢いで怒られました。
「シャバをなめるんじゃねぇ」これが当時の父の口癖です。
好きなことして生きたい、は
好きな仕事をして生きたい、という意味だったのですが。
ただ、ぐうたらに過ごし
面白おかしく笑い
なまけて生きたい、と娘が言ったのだと父はショックだったんでしょう。
父はたくさんのモノを背負い、働いていました。
当時はその姿勢を重く感じていましたが、今なら分かります。
父はひたすら頑張っていた、スゴイって。
それでも、強くおもいました。
好きなことをして生きて生きたいって。
この価値観で歩いていければ幸せだったのでしょうが
揺らいでしまい、ガチガチに固まった時期を迎えたりもしました。
峠をこえ、それでも強く信じたい。
じぶんが楽しく生きなきゃ、まわりも幸せに笑うことなんて出来ない、ということ。
本の中にあった質問。
どんな気分で毎日家事をやっていますか?
ブログでいろいろ綴っていても、
目の前のことをないがしろにしていたじぶんが
相当はずかしい。
すこしずつ。
楽しいことと好きなことを追いかけていく暮らし。
じぶんが、まず、楽しんでみる。
2008年01月29日
2008年01月28日
vol.67 場所を空ける、新しい空気を入れる。
シンプルライフ。
まずは、モノを整理すること。
必要じゃなくなったモノを譲ったり、売ったり、捨てた。
ずいぶんスッキリしたな~。
だけど、じっくり覗き込んでみると
まだまだある。
思い出の品。
恋愛していた頃に聴いていたCD。
もともとじぶんが好きだったモノを
恋人との時間に共有したことがあるモノ。
もともと好きだった、のだから捨てなくても良い。
と、手元に置いておいた。
だけど。
聴くと、思い出たちがどうも頭をよぎってしまう。
意識しなくとも浮かんでくるのだから、しょうがない。。
えぇい、と手放した。
アレもコレもと手放した。
過去に囚われているじぶんを手放した。
いま、聴きたい音を聴こう。
欲しい音も明確になる。
音や歌詞から発見することもいろいろ出てくる。
まずは、モノを整理すること。
必要じゃなくなったモノを譲ったり、売ったり、捨てた。
ずいぶんスッキリしたな~。
だけど、じっくり覗き込んでみると
まだまだある。
思い出の品。
恋愛していた頃に聴いていたCD。
もともとじぶんが好きだったモノを
恋人との時間に共有したことがあるモノ。
もともと好きだった、のだから捨てなくても良い。
と、手元に置いておいた。
だけど。
聴くと、思い出たちがどうも頭をよぎってしまう。
意識しなくとも浮かんでくるのだから、しょうがない。。
えぇい、と手放した。
アレもコレもと手放した。
過去に囚われているじぶんを手放した。
いま、聴きたい音を聴こう。
欲しい音も明確になる。
音や歌詞から発見することもいろいろ出てくる。
2007年12月25日
vol.59 何でも1つで済ませたい
今年 買った本の中で いまも気になる文章。
たしか
出来れば何でも1つで済ませたいくらいです。
というような文だった。
そんな潔さが わたしは好きだし
そういう風になっていきたいと思っている。

日曜日。久しぶりに1人でお茶しました^^
リニューアルしてから1度も入ってなかったココ。
バナナラッシー、美味し。
たしか
出来れば何でも1つで済ませたいくらいです。
というような文だった。
そんな潔さが わたしは好きだし
そういう風になっていきたいと思っている。
日曜日。久しぶりに1人でお茶しました^^
リニューアルしてから1度も入ってなかったココ。
バナナラッシー、美味し。
2007年12月15日
vol.57 母乳育児、どこまでやる?

一昨日の夕方。
急な寒気、吐き気、お腹もぐるぐる気持ちが悪くなり
次女を寝かしつけながら わたしも布団で横になってました。
その日の夜は
何度も嘔吐をくり返したので 昨日 病院へ。
感染性腸炎です。
(これ、下痢嘔吐症とちがうのかな?)
食事療法の説明も受け
お薬を処方してもらい、はた、と気づいて
「せんせい。これ母乳にも大丈夫ですか?」
「大丈夫、だけど。。」
次女が1歳になったのだから、と断乳のお話。
あー、長女のときも いろんな場所で断乳をすすめられ
まいっていたんだったっけ。
長女のときは、離乳食よりもおっぱい という子だったので
もう わたしの方が観念して あー、いつまで飲むのさー とも思いつつ
母乳をあげていました。
それに 飲んでいるといっても やっぱり回数は減っているので大丈夫かな?
と考えながら。
結局 1歳9ヶ月頃に卒乳。
次女を産んだ去年の今頃。 検診帰りの本屋さんで
たまたま 母乳と妊娠とごはんについて書かれている本をみつけて 買って帰りました。
長女のときは そういう情報から避けるようにしてたんですよね。。
頭ガチガチになるとこわいなぁって。
2人目な分 気持ちの余裕も出てきたので
まぁ、読んでみるか? と手に取り、ふむふむ。知らなかったこともいろいろあります。
わたし、恥ずかしながら ここで言っちゃいますが
1年前まで 母乳が血液だって知りませんでした。
考えたこともなかったんです。(ヒー!!)
母乳は母乳。
としか考えたことがなかったんです。(恥ずかしい~)
この本を読んだあと
ついに母乳育児、と言えばこの方でしょう。
と名前だけは知っていた 山西みな子さんの本を読み、書かれているとおりにはしなかったものの
食事にちょっぴり気をつけて過ごしたからだと思うのですが
次女は魔の夜泣きがなかったんです・・・☆
長女は7ヶ月目から1ヶ月 毎晩 泣いてました。。
夜中のドライブも経験済み、です。あれはツライ。。
そんな感じなので 母乳を急いでやめる必要はないなぁ~
とのんびり構えています。
が、いろんな意見があるから
ちょっと揺れる母心ですよ。。
と言っても 前みたいに落ち込んだりはしないのですが(アハハ)
先生も良かれ、と思い 話してくださっているのだし
それはありがたいことですもんね。
ただ、1歳前後の母乳にはほとんど栄養がなくなる という理由は知りたいなぁ。
だって可笑しいでしょう?
1年前の食べ物と今 食べている物って そんなに変化してないんですよ。
やっぱり体の神秘。そういうつくりになっているのかな?
2007年12月11日
vol.56 書くことで気づく。
3年前から。
書くことを仕事にしたい、と憧れて 投稿したりブログを始めたりしてきました。
書く、ということは面白い。
誰かになにかを伝えたい、という想いを文字で表現しながら
じつは、新しいじぶんを発見してしまう。そんな作業だから。
相手に何かを渡すつもりで
自分が何かをもらっている。そんな作業。
書くことを仕事にするのは、いろんな方々も言う。
本当に大変なこと。
書きたい人はたくさんいるし、だけど本当に面白い、読みたいと思わせることを書く人はごくわずか。
さて。私にとって「書く」とは?
私にとって今まで「書く」ということは
「私」という存在を 際立たせてくれる時間でした。
そう。
書いて、勇気を奮い立たせることは悪いことじゃない。
だけど
目の前の家族を笑顔に出来ないで
何が物書きになりたい! だ、と
いまは恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
私は 自分が書いた文章で 誰かを幸せな あったかい気持ちに出来たらいいな
と いつも思っていました。
目の前の家族のこころを満たせないまま
そんなことを考えるのって やっぱり本末転倒なんですよね。
たくさん迷って悩んで泣いてぶつけてきたので
家族をちゃんと受け止めて、子どもたちといっしょに歩いていきたい。
それが いまの、
来年の、私の目標にしよう、と思っています。
急速に変化していく世の中で
たくさんの事件や問題は山積みです。
でも
(悠長なことは言ってられないのかもしれないけれど)
私に出来ることと言えば やっぱり
子どもと共に歩んでいく、ということ。
目の前の家族(こどもたち)に
幸せやあたたかい気持ちを 胸いっぱいにしてあげること。
世の中にとってはとってもちっぽけなこと。
家族、こと
子どもたちにとってはとってもでっかいことです。
「幸せは繋がっていく」
私自身がたくさんの方に幸せや愛や感謝の輪を受け取ってきて
あたたかいものを胸に抱くことが出来ました。
書き続けてきたから
やっと分かってきたこと。
何者にならずとも 笑うだけで 家族を幸せに出来るんだ、って。
何かを手に入れなくとも いっしょに食べるだけで こころも満たされるんだ、って。
分かっているようで、実感していなかったことばかり。
今年の後半は そういう大切なことを
どどどーーーん!!!って 教えてもらう出来事ばかりで。
ほんとうに、暮らしたい、と思った。
かぞくと暮らしていきたい、って思った。
それを大事にしたい、と思うことは 恥ずかしいことじゃないよね?
2007年12月07日
vol.54 子育てしていいんですよ。
先月のある日。
ある方とお話して たくさんの言葉をもらいました。
今年もいろんなことがあったし、何もしていないようで
少しずつの変化や成長があったと思う。
その方とお話しした内容は
じわじわと浸透し、私を大きく変えてしまうんじゃないか? というくらいの
あたたかく優しいお声掛けでした。
何者かになりたかった私。
子供に恵まれて母となって 自分の生き方を模索した時間。
世の中には妻・嫁・母、そして1人の女性として生きる
輝いて生きている方も多く
私もそうなりたい、と願っていました。
さて、では私に何が出来る? と
書いたり考えたり動いたり読んだりしていました。
そういう毎日も楽しかった。
けれど。
その方に
「あなたはもっと子育てしていいんですよ」と言われ
「・・・してないですかねぇ?」と聞くと
「もっと、大丈夫。あなたはもっと向き合っても良いと思う」というようなことを言われました。
これは私自身にだけ向けられた言葉であって
一般的な意見として言われたわけじゃなかった。
そう強く感じて、私は勇気というか元気をもらいました。
上手く表現出来ないのだけど
その方の言葉は本当に私が安心出来る言葉だったし。
腑に落ちる、とはこういうことなのだ。
と強く感じた。
何事にもたぶん意味があるし
自分の目の前に起きることは やはり自分にとって意味があると思う。
だけど、そこを通過している最中に意味を探すことは
きっと無意味で。
そんなことしたって、本当の答えにはたどり着かないし
振り返ってみないと客観的には見られない、自分のこと。
子育てしていいんですよ。
大丈夫。
先のことは考えなくてもいいんですよ。
きょうなにたべよう。
きょうなにしてあそんだ?
おかあさんはいえでこれをしてたよ。
TVを見てたくさん笑って、ごはん食べて、お風呂で向き合って抱っこして、布団にもぐって。
あぁ、向き合っていなかったかもしれない。
してあげなくちゃ、ばかりで。
してあげる、じゃなく
いっしょにしよう。
で、わらう日がふえる。
あした 何があるか分からない。
だったら、きょうは笑っていたい。
不安を煽る情報はいらない。
もっと笑いあえる時をつかんで、きもちよく。
タグ :育児と育自
2007年12月06日
vol.53 トライ&エラー 自分を変える?

人に言われたんです。
「アナタみたいに理論的にデキナイ!!(考えたりできない)」って。
でね、思ったんです。
あら、私いつから 理論的になったのかしら~?って。
いや、その人に上記を言われたときは
カッとなりました。
落ち着いてきて ふと思ったんです。
私。
理論的な人間じゃなくって 感情の赴くままに行動する人間じゃなかったっけ?って。
思い返してみれば
理論的に考えよう。
というか
もっときちんと物事の段階を踏んで考えて行動する人間になろう!
と決意したことがあります。
長女を妊娠中。
1人でいる時間が増えました。1人の時間にそれまでの自分を振り返ってみて
私1人で生きていくわけじゃないんだ、この人を私の勝手に振り回すハメになったらいけない。
と、決意したんです。
それから徐々に
考えるタイプの人間になってきたのですが・・・。
もしかしたら、もともと こういう性質を持っていたのかもしれないけれど
私自身はずいぶん努力したと思っています。
踏ん張って。ひと呼吸ついて。
立ち止まって、考える。
の姿勢をとってきました。
それで、最近は
「よく考えるひとですね」とか上記の「理論的に考えるひと」とか言われることも増えました。
性格は変わるか変わらないか。
どっちなのでしょう?
私自身は変わると思うようになりました。
本人が変わりたい、と強く願ったとき。
強く決意したとき。
行動や身に付ける物(服など)を変えてみるだけで
気持ちが高揚したり落ち込んだりします。
それを、続ける。
失敗したら、戻って、また試してみる。
私はこうだから、デキナイ。
と言い続ければ 確かに永遠に出来ません。
何事も上手になれるかは置いといて
何度もトライしてみること。
そんな自分を許すこと。愛すこと。
これだけで 広がっていくんじゃないかなぁ。
自分の世界が。
辰巳渚さんと糸井重里さんの対談を本で目にして
さいきん考えていたことと繋がってスッキリしました^^
(↑では「トライ&エラーを許す暮らし」なんかについて書かれていましたが)
2007年11月09日
vol.52 卑屈になることと謙虚さは違う

昨日、珍しく教育TVの一期一会 キミにききたい!を見ました。
スペシャルだったということで、2本立て。
モデルでタレントのマリエちゃんも出る、というので
そのまま何気なく見ていて。
2本目の『夢と才能の話@ジャズサックス奏者xスタイリストの卵』を見て
ジャズサックス奏者の矢野沙織さん(21歳)の話に
イチゴさんである藤田さんと同じくらい聞き入ってしまいました。
矢野さんのジャズをやりたいという想いの強さはもちろんですが
とにかく、その謙虚さに本当に驚き
自分を省みて恥ずかしくなりました。
謙虚にしているつもりでも
私は卑屈になっていた時もあるよなぁ・・・って。
謙虚⇒控え目で、つつましいこと。へりくだって、すなおに相手の意見などを受け入れること。また、そのさま。
そして、
卑屈⇒いじけて、必要以上に自分をいやしめること。また、そのさま。
いやしめる⇒下品な、とるに足りないものとして見下げる。軽蔑する。さげすむ。(全て大辞泉より)
自分をさげすむことと、控え目にへりくだることは違います。
大きな違いは
すなおに相手の意見を受け入れる、という点。
すなおに・・・コレが案外出来ていないもの。
言い訳をして、自分に言い聞かせて取り入れるのとは違う。
私もそういう風になっていかなきゃ。
その謙虚さを忘れずに年を重ねていきたいです。
タグ :育児と育自
2007年11月08日
vol.51 5歳の娘と5歳の私
理不尽に叱られている、と思っている顔をする娘。
(なんで、そんくらいでおこられなんとー? という不満顔)
いつもいつも同じこと言わせて腹立つー、と思う私。
私の怒りの沸点は夫と比べても低く(つまり、短気)
内面は悪いが外面は良い金星人だからか、こと、家族から見ると
「おかーさんはおこりんぼう」で通っている。
家族以外の人にはあんまり短気だと言われたことがない。
(もしかしたら、思われているのかもしれないけど)
なんで、そーなんだよー。
って
いつも娘に思ってしまう。
まいにち同じところで怒られるからだ。
数日前から風邪を引いているのだけど
風邪を引いたら⇒寝る⇒治す
と毎度毎度言わせる。
子どもは少し症状が軽くなると、布団にいるのが退屈になってしまうからね。
知っているけど。
つい「寝なさいって言ってるでしょーー」、となる。
ここに書いていると、何もそのくらいで怒らなくてもいいじゃないか?
と他人事のように思えてきて、恥ずかしい。
頑張って、
自分の母からしてもらいたかったことを思い出しては
娘と接してきた。
だから、
(私のときより“してもらっている”のに)どーして、そーなんだよーー!
って、つい比べてしまう。
娘からすると自分には関係のないネタまで持ち出されて、比べられて
理不尽この上ないだろうな。
5歳だった私は、記憶のなかでは怒られたことがほとんどない。
だけど、母とじゃれ合ったりして遊んでもらったこともない。
5歳の私はいまの娘を見たら、いいな、と思うかもしれないな。
5歳の娘も怒られない5歳の私を見てうらやましく思うかもな。
子育てで
人と比べてはいけません
とよく書いてあったり聞いたりするけど。
よその子、兄弟間だけでなく
自分の中の子ども(の頃の記憶)と比べることも、よくないのだろうな。
ホント、いつもごめん。
2007年11月07日
vol.50 ・・・したつもり?
食品トレイですよ。
洗って乾かしてお店の回収ボックスに持ち込むんです。
それをねー、よく忘れてしまって
気付いたらこんなにたまってました。
うちには白い食品トレイだけではなく
柄付き、色付きの食品トレイもまだたまっています。。
サンリブくまなん店は柄付き食品トレイも回収ボックスに入れて良かったんですよ。(いま、改装中ですよね)
(大体、ふつうは白いトレイのみしか回収されていない)
どうして くまなん店だけ柄つきも良くって
サンリブの他店(私が通う範囲での他店舗)や、その他の場所では白色だけなんでしょう?
それにね、
せっせ せっせと洗って干して回収ボックスに持ち込んで・・・
と励んでいるとね
リサイクル活動に参加している! という気持ちが持てて
少しだけ気分が良い、というか
自分は何もやってないわけじゃあないから、大丈夫^^
みたいなね。
ちょっとだけ、ズルいような気持ちも持ち合わせたりしてね。
回収ボックスを覗くとたくさんのトレイが持ち込まれています。
それって、どこに行ってるんでしょうか。
頭の悪い私は知りません。
たくさん持ち込まれているのに、どれだけのリサイクル率なんでしょうか?
調べたらどこかに書いてあるのかなぁ。
たまっている食品トレイを見つめているとね
あー、何か効率悪いぞーー!! って思えてきちゃって。
単に面倒臭がりなんだけど。
それを持っていくがために、買う。
買わなきゃ、リサイクルだって必要ないのに。(リサイクルってたくさんエネルギー使うんでしょう?)
最初から無駄なことさせなきゃいいのに。
食品トレイがないものを買えばいいんだよね。
食品トレイがないものをもっと売ってあったらいいのに。。
肉屋さんに行けばいいのかな。
私がたま~に行く肉屋さんは
量り売りでビニル袋に入れるけど、トレイを使うのとどっちがいいんだろう?
リサイクルとかエコとかさー
もう何年も何年も言ってるわけだから、もっと分かりやすくなればいいのに。
と思います。
もっと分かりやすくて、やりやすくって、見えやすくなればいいのにね。
関連の本を読んでも1回じゃ分からなくって、ページ戻って読み直したりしてしまうことあるもの。
(だけん、私の勉強不足って? スミマセン。。)
2007年11月06日
vol.49 100%の自分

新聞社のSNSで半年間 お世話になりました。
そこで
より深く、どんどん掘って書く楽しみを知りました。
コメントを頂いたり、温かく静観してくださる方がいるからこそ
自由でいられたみたいです。
20代最後になって
思春期の頃にもらいたかった言葉をたくさん受け取りました。
考えること
それを否定されないこと
このことが私の中で、どれだけの勇気に変わっていったでしょうか。
どんどん考えて、そのままに書くことを試していきました。
この楽しさを10代の私にも伝えてあげたかったなあ。
点数を取る勉強の1つではなく
純粋に、楽しみ方の1つとして。
「、」「。」も関係ない
伝えたい気持ちが、文章を組み立ててくれる。
夏以降はそんな思いで書いてきました。
最近、また1つの答えが出ました。
100%の自分を保ち続ける方が異常なこと。
紆余曲折、喜怒哀楽。
バラエティに富んだ思考、行動を取ってしまうのが人間で
だからこそ面白い。人生も、今日という1日も。
私は、
それから、よく人は
落ち込んだりすることを否定的に捉えがち。
ブログでもちょっと沈んだ感情を込めた文章を書いて
「ごめんね、今日は落ち込んでいて。また元気になるからね」と
読んでくれた方に謝ったりしている人を見ます。
私は暗くなる文章が本当は好きではないので
(真剣に書いて、最後に前向きな気持ちになるように書きたいと願っていますが・・)
バレないように書いちゃったりします。
でも、大体バレる。優しい方がコメントで励ましてくれます。
だから、「ごめんね、ありがとう」を伝える。
私の場合。
絶好調だった時代の自分と何だかイケていない今の自分とを比べて
「いかん・・・!このままじゃあ、いかん!!」と
ジタバタ焦ったりすることが多く。
んー、
そもそも調子が良い自分で居続けられる方が
実際は怖いことなんじゃないの?
って思いついて。
気持ちが一定のリズムを保ち続けるのなんて、ロボットみたいじゃないですか?
または、心がない人。
心模様に変化があるから
人は成長していけるし、話していて面白いし、また会いたいと思う。
1日が終わって布団にもぐった時に
1週間が終わってゆっくり晩酌(に、付き合っている)している時に
人生の終わりを迎えようとしているその瞬間に
いろいろあったけど
トータルで満点!100%楽しんだぞ^^
って思えればそれがベストだ。
こんな気持ちを抱えることが出来たそのSNSに感謝しています。
2007年11月05日
vol.47 エコな暮らしを続ける?

長女が初めて入院した4年半前。
急性肺炎という診断結果だったのだけど、
先生の説明には、「喘息の気配もある」と付け加えられていました。
その後、1歳から3歳までの間に 長女は喘息で入院することが度々あって
私は必然的に(というかそれしか思いつかなかった)
喘息を治すにはどうしたら良いかばかりを考えて
食事のこと、掃除の仕方、そして環境についての本を読みあさりました。
4歳を迎えた去年あたりから
通院の回数がぐんと減りました。
(2,3歳の頃は週3で通院していた時期もあって、外出といえば病院。。。という感じでした)
体も大きくなれば、丈夫になってくるよ
と、周りに励ましてもらったこともありましたが そうなりました。
長女の体調がひとまず安定してきたから、というのもあるし
自分自身が疲れてきた、というのも事実。
あんなに一生懸命に エコを意識していたのに
ぷつり、と切れてしまったみたいなのです。前みたいに取り組めない。
カップ麺だって食べちゃうし、スーパーのビニル袋だってもらっちゃいます。
でも、どこかで(あんまり良くないことだよなぁ~)と思っているので
何となく後ろめたい気持ちがついて回る。
それがまた気持ち悪くて・・・。
エコ活動、というと
どうしてか「がまん」という意識がついて回ります。
節電だって、節水だって
たくさん使わず辛抱しようよ、無駄遣い止めようよ
という声が付いて回る行為に思えます。
私は出来た人間じゃあないから、「がまん」という基に行動を伴わせるのに苦痛を感じやすいのです。
でも、地球環境のことは気になるし
出来ればエコな暮らしを続けたいんだけどなぁ。
と思っていた矢先
グリーンコンシューマーについて書かれた本を見つけました。
グリーンコンシューマーという言葉自体
実はつい数日前に知ったくらいのおバカちゃんです。
読んでちょっと勉強したら、またエコについて考えも行動の仕方も変わるかもしれないなぁ。
と期待しています^^



